この記事では、女子1500mパリ五輪銀メダリストのジェシカ・ハルが、COROSの「トレーニング負荷」や「睡眠トラッキング」といったデータを活用しながら、シーズンを通してベストコンディションを保ち続け、どのように年間のトレーニングを組み立てているのかをご紹介します。

 ジェシカ・ハルは1500mで3分50秒83の自己ベストを持ち、数々の国内記録を塗り替え、世界大会でも着実にメダルを獲得しています。そんな彼女の強さの裏には、データに基づいた緻密なトレーニング計画があります。以下で、彼女がどのようにトレーニングを構築してデータをどのように活用しているのか、そして世界のトップで戦い続けるための秘訣を探っていきます。


トレーニング負荷は「慎重に積み上げる」


 ハルは日常的にトップレベルのトレーニングを行なっています。その多くはレースペースでの高強度かつ、ボリュームのある練習によるものです。

ハルのトラックセッションの一例

「私のセッションは、世界大会の1500mで予選、準決勝、決勝の3レース走り抜くためのタフさを維持できるよう設計されています」と、ハルは語ります。一見すると過酷に思えるメニューですが、それは長年にわたる積み重ねと、緻密な調整の結果によって成り立っています。

「もちろん、すべてがわずかな時間にできたわけではありません。何年にもわたる継続的なトレーニングを通じて、高負荷のトレーニングを頻繁にこなしながらも、必要なボリュームを維持できる体を作り上げてきました。その結果、世界大会の予選や準決勝を経て、決勝でもフレッシュな状態で走り切るための基礎となっています」

ハルは「ハードな練習」を誇るわけでも、それを安心にするわけでもありません。それはあくまで、長年の努力が生んだ「副産物」にすぎないのです。若いアスリートにとって、ここに大切な学びがあります。成功は焦らずに積み重ねたその先にしか現れない。ハルのトレーニング哲学は実にシンプルです。「パフォーマンスは急がずに慎重に築くもの」そして、一貫性と忍耐力を持って、自分の体が練習量やトレーニング負荷にどう反応するのかを理解すること。それこそが、ハイレベルなレースで結果を出すためのポイントだといいます。COROSは、まさにその過程をサポートしてくれる存在であり、トレーニング負荷やリカバリー、そして1年ごとの成長の可視化など、あらゆるデータを通して自分の成長を確かめながら前に進むことができています。

「世界大会の表彰台を意識すると、“もっとやるべきかな?”と思うことはあっても、“やりすぎている”と感じることはないんです。トレーニングが大好きで、毎日少しずつ良くなっていく感覚を楽しんでいます。だから、トレーニングを消化することに迷いはありません」


有酸素の土台を作る基礎構築期


 10月中旬から1月にかけて、ハルは基礎構築期に入ります。この時期は、有酸素能力を高めることを最優先に、走行距離と筋力トレーニングのボリュームを増やしていきます。芝生や土の上など、脚への負担が少ない路面を選ぶことが多く、ペースは細かく管理せず、自然なリズムで走るのが基本です。

「今は有酸素メインの時期なので、芝生や坂道でのラン、ジムでのウエイトトレーニングが多いですね。トラックシーズンに比べると、1週間あたりで10〜15kmほど多く走っています」

 この期間もトレーニング負荷は高めですが、強度を全体のボリュームに分散することでバランスを取っています。 基礎構築期のメニューには、ロングランと週3回のワークアウトが組み込まれ、トラックシーズンよりも閾値の付近でのトレーニングを重視します。ハードな日を除けば、2部練習の日もあり、夜は軽めのランで翌日の準備を整えます。

「今は基礎構築期の3週目で、ペースよりも心拍数や強度を重視しています。トラックレースが近づくにつれて、よりペースに焦点を合わせていきます」

 基礎構築期の目的は、持久力と有酸素能力の強さをしっかりと築くことです。この時期に培った土台こそが、シーズン終盤の選手権で予選、準決勝、決勝の3ラウンドを戦い抜く力になります。


前期・後期の2大シーズン

 ハルのシーズン構成は、北半球の一般的なレーススケジュールとは少し異なります。1月に屋内・屋外レースを組み合わせてシーズンをスタートさせ、オーストラリアの国内選手権が4月中旬に開催されます。

「オーストラリアのシーズンは、国際的な室内シーズンとほぼ同じ時期に重なります。室内レースは、戦術面やコンディションを磨くうえでとても大切なレースなんです」

 ハルにとって、室内シーズンは単なる調整期ではなく、年間スケジュールの重要な一部です。

「世界のトップ選手たちと長くレースから離れないことが大事だと思っています。だから室内シーズンでは、試合勘を鈍らせず、戦術面の鋭さを磨くようにしています」

 こうした経験が、国内選手権や世界大会に向けた準備に繋がっていきます。4月の国内選手権の後にはいったんリセット期間を取って、高地合宿や海外レースを経て、世界選手権やオリンピックなど、世界の舞台で最高のパフォーマンスを発揮できるよう整えていきます。

この記事のポイント:シーズンを通してトレーニングの焦点を段階的に変えていくことを「ピリオダイゼーション(期分け)」といいます。詳しくは、COROS公式ブログ「ピリオダイゼーション入門」をご覧ください。


週間のトレーニング構成

 基礎構築期のトレーニングは、週ごとに3回のワークアウトとロングランを軸に、安定したリズムで進めていきます。その後、シーズンが進むにつれて、トレーニング内容を調整していきます。

「年が明けてトラックシーズンに入ると、10日間を1サイクルとしたスケジュールに切り替えます。これで、自分が出場するレースのペース配分に合わせたワークアウトを、うまくバランスよく組み込めるんです」

 このサイクルは、様々な強度のトレーニングを効果的に網羅できる構成で、 中距離種目で高いパフォーマンスを発揮するために欠かせない仕組みとなっています。


リカバリーの重視

 ハルはリカバリーにも真剣に取り組んでいます。データにとらわれすぎることはありませんが、日々のコンディションを判断するうえで活用しています。

「朝起きたら、まず睡眠の質と睡眠時間をチェックします。あまり考えすぎず、その日のトレーニング調整の目安にしています」

 さらに、主観的な感覚と客観的なデータの両方を組み合わせて、トレーニング負荷の管理を行っています。特に2部練習の日はこの擦り合わせを重視しています。

「今の時期は、午後練習でペースが速くならないように気をつけています。父(コーチ)のルールでは、午後練習は午前練習中より1kmあたり10秒遅く走ることになっていて、これが本当のリカバリーランになるんです」

 さらに、年間を通して2回のオフ期間を設けています。 シーズン最後の大会が終わった後には約4週間のオフを取り、4月の国内選手権後には5〜7日間ほどのリカバリーを確保します。


ジェシカ・ハルの定番ワークアウト

 ハルには、年間を通して取り組む代表的なトレーニングメニューがあります。 それは、1000m×6本(リカバリー3分)+流しです。これは、1500mランナーに欠かせない有酸素パワーを高めると同時に、レース終盤のスピード持久力も鍛えられるセッションです。

 一見シンプルなメニューに見えますが、年間を通してこのメニューをどう積み重ねるかが、フィットネス向上やレースへの準備を大きく左右します。



 ジェシカ・ハルのトレーニングは、構造的であり目的意識が明確です。そして、自分の体と競技の要求を深く理解したうえで組み立てられています。トレーニング負荷を段階的に積み上げ、リカバリーをモニタリングしながら、シーズンの各フェーズに明確な目的を設定しています。こうしたアプローチこそが、持続的な成長と最高のパフォーマンスに繋がります。世界中のアスリートにとって、彼女の取り組みは良いお手本となるでしょう。

ATHLETE STORIES