キリアン・ジョルネは14年ぶりにウェスタンステイツに戻ってきました。今回は思い出の再確認ではなく、彼の精密さを試すための挑戦でした。レース序盤では、9人もの男子選手が大会新記録のハイペースで飛び出す中、キリアンは冷静さを保ち、データと本能に耳を傾けながら、自らの出力を調整していました。灼熱と興奮に包まれた100.2マイルの過酷な道のりで彼は着実に順位を上げ、それぞれのエイドステーションで表彰台に一歩ずつ近づき、フィニッシュラインでは、自己最速の14時間19分22秒で3位の成績を収めました。彼は、このコースで自己記録を80分間以上も縮めたのです。
再挑戦の背景
キリアンにとって、ウェスタンステイツは初めての舞台ではありません。2010年にこの大会に初出場したキリアンは、2011年に優勝を果たしています。あれから14年が経ち、色々と変わりました。キリアンは年齢を重ね、そしてレース自体も格段に速くなりました。
「当時はすべてが本能のままに走ってしましたが、今回は非常に専門的なトレーニングを積んできました」
現在の彼のアプローチは、衝動よりも認識を重視して意図を明確にしています。限られた時間の中でエネルギーをどう管理するかを深く理解し、家族との時間とトレーニングを両立させながら、各ワークアウトに明確な目的を持っています。ウェスタンステイツに向けては、暑さ、アップダウン、長時間にわたるウルトラレースへの適応を重点的に準備してきました。
「暑熱順化トレーニングと冷却戦略はうまく機能しましたし、最後まで力を残せるようにペースを調整しました」
緻密に組み立てられたレースの中身
キリアンの今回のレースデータを分析すると、安定したレースプランが見えてきます。彼はレース全体を通して均一に努力感を保ち、レースの終盤で何回かタイミングを見計らったスパートを入れるだけでした。それは、彼のペースのコントロール戦略の巧さを示す内容であり、終盤までキリアンは上位をキープすることができました。
2025年のウェスタンステイツにおけるキリアン・ジョルネ走行データ
レース序盤、キリアンは先頭集団の後方で冷静にレースを進め、最初の30マイル(48km)は混雑を避けるように走りました。序盤から、ジム・ウォームズレーの大会記録ペースで10人ほどの選手がひしめき合うといった、これまでにない高速レースとなりました。その中で、キリアンの序盤の順位はトップ5ではなかったものの、走行していたペースはまさに彼が望んでいたものでした。その後のキリアンのレースでのポイントは、他の選手がペースを落とす区間でも安定したペースで走れるかでしたが、キリアンは経験を活かしてペースを保ちました。そして、彼の最初のチャンスはレース開始から6時間後に訪れました。
キリアンの「ラストチャンス」から「デビルズサム」までの走行データ
キリアンは、44マイル(71km)地点にある「ラストチャンス」のエイドを8位で通過しました。ここから始まる4.5マイル(7.2km)の区間は、屈指の急な起伏が続く区間です。テクニカルな下りでは出力をやや抑え、次のエイドの「デビルズサム」へ向かう上りで再びプッシュをかけます。この上り区間で、順位を8位から3位へと大きく上げ、以降の上り区間でも彼は同様の戦略を取りました。周囲の選手たちが暑さと地形に苦しみながらも急ぎ足で進む中、キリアンは計画通りの走りを守り抜きました。コースに敬意を払いながら、レース展開の変化を感じ取っていた彼は、余力を残してレース後半に対する準備ができていたのです。
「キャニオンの区間では、ダメージを避けて下りは少し抑えめに走り、上りではしっかりとプッシュすることができました。78マイル(125km)地点の川渡りまでは、ペースと暑さ対策をコントロールすることを意識していました」と、キリアンは述べました。
レース中のキリアンの心拍ゾーンデータ
キリアンは世界でも屈指のトレイルランナーですが、レース中盤の上り区間に特に重点を置いていたことは驚くべきことではありません。彼はレース全体を通して、おもにゾーン2とゾーン3の心拍ゾーンで走行しており、ゾーン4に入ったのは、重要な上り区間だけでした。
キリアンの「オーバーン湖」から「フィニッシュ」までの走行データ
90マイル(144km)地点で、キリアンは2位の選手から8分半の差をつけられていましたが、最後の10マイル(16km)で、その差を2分以内にまで縮めたのです。
「最後の5マイル(8km)のところで、前の選手たちがすぐ近くまで迫っていると言われて驚きました。そこからさらにペースを上げました。終盤にペースを上げられたことがとても良かった」と、キリアンは述べました。
ラストスパートがかけられるかどうかは、偶然ではありません。綿密に練られたレースプランを実行することで得られた結果なのです。この完璧なペース戦略こそが、ラストスパートのためのエネルギーを残し、レースの距離に関わらずすべてのランナーにとって参考になるものです。
感覚に基づきデータに支えられたトレーニング
キリアンにとって、ペース管理はスタートラインに立つ前から始まっています。トレーニングでは出力ペースなどの指標を活用して、適切な強度を保っています。心拍数や出力ペースが正しいゾーンから外れそうになったときは、少しペースを上げて強度を調整します。
こうした調整を日々のトレーニングで何度も繰り返すことで、レース中に出力が落ちた瞬間をすばやく察知し、即座に対応できるようになります。これは、キリアンが意図を持ってトレーニングし、レースに臨むための土台となるアプローチです。彼は推測せず、データを見て、調整を行うのです。
ヒント:出力ペースの指標は、傾斜や上りへの適応度を考慮して補正されることで、パフォーマンス比較を可能にします。上り坂では単なるスピードではなく、実際にどれだけの負荷がかかっているかが可視化できます。
ウェスタンステイツの大舞台で表彰台に立てる人は限られています。しかし、「スマートなペース配分」はすべてのランナーが活用できるアプローチです。キリアンの成功は、ハイペースで飛び出した選手たちを追いかけた結果ではありません。むしろ、追わないタイミングを見極めたことこそが、彼が表彰台に立てた理由です。この考え方は、たとえ、10kmへの初挑戦でもウルトラマラソンでも同じように活用できます。
2010年、キリアンは初めてウェスタンステイツに出場しました。当時は22歳で競技歴も浅く、本能に突き動かされて走っていた彼は、このレースで3位の成績を収めました。それから15年、彼自身もレースも大きく進化しました。ウェスタンステイツは競技水準が上がり、ペースは速くなってミスできる許容範囲がさらに狭くなっています。それでもキリアンは経験やデータ、そして明確な目的をもって再び表彰台に戻ってきました。今の彼は、単なるアスリートではなく戦略家でもあります。
今回のキリアンの再挑戦が証明しているのは、ごくシンプルなことです。それは、自分に合ったトレーニング方法を確立し、本当に必要なデータを信じて自分の身体に耳を傾けることです。それは、ウェスタンステイツのような過酷なレースであっても最後まで強く走り抜くことができる、という戦略に繋がります。目標が表彰台であれ、自己ベストであれ、こういった経験はすべてのランナーに当てはまります。