どんなトレーニングプログラムも、筋力トレーニングなしでは完成しません。ヤコブ・インゲブリクセンにとって、その言葉はとりわけ重要な意味を持っています。オリンピックで2回の優勝、世界選手権で2回の優勝の実績は、走るだけで手に入るものではありません。インゲブリクセンの筋力レーニングに対する考え方は、身体の耐久性を高め、フォームを改善し、より高強度なトレーニングを支えるための、すべてのランナーにとって参考になる骨組みを示してくれます。


目的を持って始める


 ジムに足を踏み入れる前に、まず大切なのは「なぜこのトレーニングを行うのか」、そしてそれが自分の目標全体の中でどの位置づけにあるのかを理解しておくことです。「筋トレはケガを防いで、トレーニング全体の負荷に対応するための非常に大きな要素です。特に私のトレーニングにおいては欠かせません」とヤコブは語ります。

「とても重要ですが、同時に、走りや持久系トレーニングを犠牲にしてはいけないとも思っています。筋力トレーニングは、常に他のトレーニングに付け加えるものなのです」


 ヤコブは、筋力トレーニングをパフォーマンス向上とケガ予防の両面を担う手段として捉えています。様々な動きを取り入れることで可動性が高まり、バランスや体幹の安定性を鍛えることは、二重の効果をもたらします。

「良いところは、パフォーマンスを意識したトレーニングに集中しながら、同時に多くのプラスの効果が得られる点です。瞬発力やパワーを高めつつ、実際にケガの予防にもつながります」


 このように、筋力トレーニングは名前に「筋力」と付いている以上の意味を持っています。トレーニング負荷をより適切にコントロールし、目標に近づくために必要な、様々なパフォーマンス要素に働きかけるものなのです。


ヤコブ・インゲブリクセンの筋トレルーティン


 ヤコブの週間スケジュールには、週4回の筋力トレーニングが組み込まれています。月曜と水曜は、ドリル、モビリティ、プライオメトリクスを中心に実施。金曜と日曜は、ウエイトトレーニングを行います。

(写真:BigDog Media)

ドリルセッション


 ヤコブは月曜日のセッションについて、次のように説明しています。

「5〜6種類のドリルを行ったあと、階段に移動して6〜8種類のエクササイズを3セットほど行います。その後、仕上げとして流しを入れることが多いです」


 ドリルの内容は、動的エクササイズやスキップ系の動作が中心ですが、マンネリを防ぐため、シーズンに応じて変化をつけています。水曜日のセッションも基本的な流れは同様ですが、ホップやジャンプなどの上下方向の動きを重視したドリルが多く、加えてハードルを使ったモビリティドリルも取り入れています。

ヒント:ヤコブのドリルセッションは、COROSの「モビリティ」および「プライオメトリクス」に関する記事で紹介している多くの原則に基づいて構成されています。

ウエイトトレーニング


 ヤコブは金曜日と日曜日にウエイトトレーニングを行います。金曜日は、2回のイージーランの合間に実施し、日曜日は単独のセッションとして行っていますう(通常、日曜は朝にロングランを行い、午後にウエイトのみを行いっています)。トレーニング内容は両日ともほぼ同じですが、ボリュームに違いがあり、金曜日は2セット、日曜日は3セット行っています。

インゲブリクセンの筋力トレーニング

クォータースクワット(8回)

ランジ(左右各6回)

ステップアップ(左右各6回)

カーフレイズ(8回)

ルーマニアンデッドリフト(6回)


 これらの種目に取り組む際、ヤコブはランナーに対して動作を開始する瞬間の意識の重要性を強調しています。反復動作の立ち上がりでは、素早く、かつ意図的に力を発揮することが求められます。そして、その後、動作の完了を急ぐのではなく、最後まで安定したコントロールを維持することが大切だといいます。レップの後半で反動や勢いに頼らなければならない重量であれば、それは重すぎます。動作のコントロールを最優先することで、ケガのリスクを抑えられるだけでなく、ランニングに求められる動作特性にもより適したトレーニングになります。


調整とシーズンごとの変化


 もちろん、ヤコブの筋トレルーティンは常に同じメニューというわけではありません。動作そのものは大きく変わらないものの、細かな調整を重ねています。「両脚で行う動きから片脚に変えたり、重量を調整したり、回数を変えたりと、エクササイズはとても簡単に調整できます」とヤコブは語ります。ステップアップの台の高さや、動作のスピードを変えることもあります。


 また、シーズンごとにルーティン全体を見直し、自身のパフォーマンス目標にできるだけ合致しているかを確認しています。「ウエイトトレーニングは13〜14年ほど続けていますが、始めてからほぼ毎年、内容を調整してきました」とヤコブは言います。

「『このエクササイズは、もうそこまで特異性が高くないな』と感じたら、別の種目を取り入れる。それが簡単にできるのが良いところです」


 ヤコブにとって、シーズン中とオフシーズンでランニングの内容が異なるのと同様に、筋トレも同じではありません。冬のトレーニングでは、セット数や回数を増やし、身体の適応を獲得することにより重点を置きます。一方、夏のトレーニングでは回数と重量を抑えます。「より爆発的で、より競技に対して特異的な動きを意識します」と彼は語ります。

「神経系に刺激を与えながら、冬の間に積み上げてきたものを維持することが目的です」

ランナーへのアドバイス


 ヤコブは、すべてのランナーに対して、週ごとのルーティンに筋トレを取り入れることを勧めています。筋トレを行わないと、疲労が溜まった時に動きをコントロールできなくなるリスクがあるからです。

「走りを見れば分かります。筋力が不足していると、正しいフォームや良い姿勢、特に股関節や腰まわりを維持できません。レースでもトレーニングでも誰でも疲れていきますが、その影響は最小限に食い止めるべきです。大切なのは、常に落ち着き、できるだけ安定したフォームを維持することです。そのためには、自分でしっかりコントロールしなければなりません」


 多くのランナーにとって、筋トレを始めること自体がハードルに感じられるかもしれません。そこでヤコブは、初心者に向けて次のようなアドバイスをしています。

「まずは少ない回数やセットから始めて、とにかく何かをやってみること。そこから少しずつ積み上げていけばいいと思います」


 最初の数回は筋肉痛が出ることもありますが、身体は次第に慣れていきます。「それは、身体が今まで慣れていなかったことをしていると教えてくれているだけなんです」と彼は言います。ヤコブ自身はあまり筋肉痛になることがないそうですが、それは継続してトレーニングを行っている証でもあります。たとえ量が少なくても、続けることが何より重要なのです。そして、ヤコブが最後に強調するポイントが「アクセシビリティ」です。

「大切なことはルーティンを見つけて、すぐに取り組める環境を整えること。簡単で、実際に続けられるものであることが重要です。これは誰にとっても良いアドバイスだと思います。いくつかプログラムを用意しておくのもいいですが、時間がないときや、調子があまり良くない日でもできる、短くて効率的なメニューを最低ひとつは持っておくこと。どんな状況でも『これならできる』と思えるものがあることが大切です」


 一貫性こそが、良い意図を確かな成長へと変えてくれます。ヤコブ・インゲブリクセンの筋トレルーティンは、トレーニングを取り組みやすく、目標に沿ったものにすることでランニングの質を高めるための力になることを示しています。まずは、上記のヤコブのワークアウトを試してみるか、COROSワークアウトライブラリにある他の筋トレメニューもぜひチェックしてみてください。

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