フランチェスコ・プッピは、自身初となる100マイルレースに静かに臨んだわけではありませんでした。今回のウェスタンステイツ100で、彼は13時間51分08秒の2位でフィニッシュしました。従来の大会記録を上回る走りを見せ、男子レースを新たな時代へと押し進める一員となりました。未到の距離という意味での100マイルデビューでしたが、野心という意味では決してそうではありませんでした。
ウェスタンステイツでは、男子表彰台の3人全員が14時間を切ったことは、これまで一度もありませんでした。フランチェスコはその変化の一部となり、終盤に見事な追い上げを見せて優勝したヴァンサン・ブイヤールから4分53秒差でフィニッシュしました。フランチェスコにとって、問われていたのはスピードがあるかどうかではありませんでした。2025年にはキャニオンズ100Kでの大会記録での優勝、そして夏のCCCでの優勝によって、その力はすでに証明されていました。問われていたのは、彼のスピードが100マイルという距離で最後まで生き残れるのか、ということでした。

100マイルを走り抜くスピードの融合
フランチェスコのバックグラウンドは、スタートラインに立つ選手たちの中でも、彼を特に興味深い存在にしていました。彼は、トラック、短いマウンテンレース、高速トレイルレース、そして長距離で求められる問題解決能力によって形づくられてきたランナーで、それらはウェスタンステイツにおいて重要です。何時間にもわたる上りと下りを越えた後でも走り続けられる能力が、しばしばレースの行方を決めるからです。
2月のブラックキャニオン100Kを前に、フランチェスコは自身の準備について、スピード、持続的に走り続ける力、そして長時間が経過した後でも速いペースを維持する力に重点を置いていると説明していました。ウェスタンステイツは、その考え方が100マイルという距離で試される場となりました。彼の強みは、単に速く走れることだけではなく、相対的に低い負荷で速く走り、コースが求める場面ではしっかり上ることができる点にありました。
このパフォーマンスは、順調とはいえない準備期間を経て生まれたものでもありました。ブラックキャニオンでは、フランチェスコは肩を脱臼し、途中棄権を余儀なくされました。3月にはキャンティ・マラソンで大会記録で優勝しましたが、4月初旬には氷の上で転倒して手首を骨折し、手術を受けました。手術前後の短い休養を除けば、トレーニング自体は比較的一貫して続けられていましたが、身体は100マイルに向けた本格的な準備の負荷にうまく反応しなくなっていました。
「怪我やそれに伴うストレス、疲労の影響で、身体がトレーニングに反応しなくなっていました」とフランチェスコは語ります。
「それが大きな不安に繋がりました。イージーランが本来どう感じられるべきかは分かっているのに、その感覚をしばらく失ってしまっていたんです」
コーチのティト・ティベルティとともに、フランチェスコは別の方法でトレーニング期間を組み立てる必要がありました。従来型の100マイルへの準備を無理に押し通すのではなく、クロストレーニングを増やして全体のトレーニング量を高く保ちながら、重要なセッションの間にはより多くの回復を挟みました。また、ロングランは強度よりも持久力を重視する方向へと調整されました。それらの目的は、彼がすでに築いてきた能力を維持しながら、100マイルを走るための身体的な負荷に少しずつ備えていくことでした。
5月中旬から、準備は好転し始めました。フランチェスコは再びトレーニングが噛み合う感覚を取り戻し、より質の高いワークアウトと、毎週安定したトレーニングが積み重ねられるようになりました。最後の1か月は、すべての特異的な刺激を追いかけるというより、それまで積み上げてきたものを整理し、まとめ上げる時間になりました。スピードを維持し、耐久性を高め、オリンピックバレーのスタートラインに、未踏の距離の領域でも走り続けられる身体で立つということが重要でした。
「トレーニング期間が、自分とコーチが望んでいたものより少し圧縮された形になっていたので、その中に組み込めなかったセッションについては不安がありました」と彼は話します。
「途中でいくつかの特異的な刺激は犠牲にしました。ただ、僕のシーズンの組み立て方では、すべてのレースに向けて毎回、完全に特化した期間を作る必要があるわけではありません。スピードは、何らかの形で常に残っています。冬のトレーニングブロックで取り組んできたものでもあるからです。今回の準備では、その質を維持するためにいくつかのワークアウトを加えれば十分でした。最後の1か月は、すべてのピースを1つにまとめ、100マイルを走る負荷に身体が耐えられるように準備することが中心でした」

1月1日からウェスタンステーツ100までのフランチェスコ・プッピのトレーニング負荷の推移
スタートからフォレストヒルへ:記録的なペースの中で、冷静に流れを読む
レースは、フランチェスコの予想以上に速いペースで始まりました。ハンス・トロイヤーが序盤からペースを作り、複数の有力選手たちもその攻撃的なリズムに引き込まれていきました。フランチェスコは、その負荷がリスクを伴うものであることを理解していましたが、その集団を見送ることにもまた別の危険がありました。
「スタートからかなり速いペースでした。近くにいたキリアン(ジョルネ)、ジム(ウォームズリー)、そしてヴァンサン(ブイヤール)に、僕には100マイルのペースというより、100kmのペースに近く感じると話していて、いずれ自分たちは苦しくなるだろうとは分かっていました。でも、誰もペースを落とそうとはしませんでしたし、僕も彼らを行かせるつもりはありませんでした。どこかの時点で自分が苦しくなり始めることは分かっていました。ただ、それがどこになるのかは分かりませんでした」
この言葉は、レース前半の緊張感をよく表しています。フランチェスコはその代償を理解していましたが、同時に今回のレースのレベルも理解していました。彼は序盤からレースを支配する必要はありませんでしたが、勝負圏内に残るために十分近い位置で走り続けました。

オリンピックバレー(スタート)からフォレストヒル(100km)までの100kmの走行データ
レース中盤のエルドラド・クリークからフォレストヒルまでの区間を、もう少し詳しく見ていきます。この区間で、フランチェスコが先頭争いへと近づいていく動きが形になり始めました。
重要な変化が起きたのは、ミシガンブラフを過ぎてからです。フォレストヒルへ向かう90-100kmの10kmで、フランチェスコは先頭のハンス・トロイヤーと3分05秒もあった差をわずか15秒まで詰めました。
フォレストヒルへ向かう上りでは心拍数がわずかに上がっていましたが、それでもコントロールされた範囲に収まっていました。同時に、出力ペースの指標にも、それが無謀なスパートではなく、上りで高い出力を持続していたことが表れています。
コースがより速く、より走りやすい区間へ移っていく前に、フランチェスコはすでにこの区間で先頭争いに加わることができました。

レース展開に変化があったエルドラド・クリークからフォレストヒルまでの区間
フォレストヒルからラッキー・チャッキーへ:ここから先は未到の距離
フランチェスコは、それまで100マイルのレースを走ったことがありませんでした。そして、100km地点のフォレストヒルは、彼にとって自分が理解している距離の境界線でであり、自分の知っている領域でした。しかし、その先の1km1kmは、すべてが初めての領域でした。
「100マイルのデビュー戦には、メリットもデメリットもあります」と彼は語ります。
「どれほどの負荷や痛みがあるのかを正確には分かっていません。それは、ある意味ではメリットだと思います。もしその感覚を実際に知っていたら、心はもう一度その苦しい場所へ戻ることを避けようとするからです。でも勝ちたいのであれば、自分をその状況に置かなければなりません。僕の場合は、すべてが発見であり、失うものは何もありませんでした。一方で、このようなレースでは経験がとても重要なので、そこはデメリットでもあります」
距離としては初めての領域に入っていた一方で、フランチェスコはよく知る地形へと進んでいました。フォレストヒルを過ぎると、コースは彼が2025年に大会記録を樹立したキャニオンズ100Kのトレイルと重なり始めます。距離は未知でしたが、地形には馴染みがありました。
レースがより速く、より走れる展開になっていくにつれ、その流れはフランチェスコの強みを引き出しました。しかし同時に、すでに疲労していた脚には、さらに大きな機械的負荷を加えることにもなりました。
フランチェスコはフォレストヒルの後で先頭のハンス・トロイヤーを抜き、ラッキー・チャッキー(126km)の時点では2位に約10分近いリードを築いていましたが、彼は、それをペーサーなしで成し遂げていました。そのため、この区間は身体的にも精神的にも、より厳しいものになりました。
「フォレストヒルを過ぎてから、ペーサーがいないことが難しくなってきました」と彼は話します。「一日が本当に長く感じられるようになりました」
コースの人里離れた感覚も、彼にとって印象的でした。
「ものすごく遠くまで来たように感じます。特に、自分が慣れているヨーロッパのレースと比べるとそうです。あそこでは、本当に自分と周りのトレイルだけになるんです」

フォレストヒル(100km)からラッキー・チャッキー(126km)までの26kmの走行データ
川渡りからフィニッシュへ:それでも歴史を刻み続ける
ウェスタンステイツの名物地点であるラッキー・チャッキーの「川渡り」からフィニッシュまでは、35kmほど、累積で1,140mの上りが残されていました。この区間は、グリーンゲートへ向かう厳しい上りから始まり、その後、レースの中でも特に走りやすい地形へと移っていきます。
一見すると、スピードランナーにとっては有利な展開に思えます。しかし、125kmもを走った状態では、走りやすい地形そのものが、身体の動きを試す生体力学的なテストになります。序盤の下りやキャニオンの上りで蓄積されたダメージを抱えながら、それでも脚を回し続けなければならないからです。
ここで決定的な動きを見せたのが、ヴァンサン・ブイヤールでした。彼はオーバーン・レイク・トレイルズで差を1分30秒まで詰め、その後、クォーリー・ロードの手前で先頭に立ちました。
しかし、フランチェスコがそこで崩れることはありませんでした。彼は歴史的なレベルの走りを最後まで続け、ラッキー・チャッキーからフィニッシュまでの35kmを3時間18分でカバーし、従来の大会記録を大きく上回るタイムと2位の順位でフィニッシュしました。
レースの終盤ではエリートによる100マイルレースの両面を示していました。1人の選手が驚異的な終盤の追い上げを見せ、もう1人の選手が、すでにレースの基準を変えていた100マイルのデビュー戦を最後までまとめたのです。

ラッキー・チャッキー(126km)からオーバーン(フィニッシュ)までの35kmの走行データ
フランチェスコ・プッピにとって初めての100マイルレースは、ウェスタンステイツ史上でも屈指の高速パフォーマンスとなりました。彼はスピードを武器にこの舞台へ臨み、不確実な状況に適応しながら100km以降に先頭に立ちました。そして未踏の距離の領域で、大会記録を上回るペースで走り続けました。
ウェスタンステイツに向けた準備期間の詳細は、フランチェスコのFEARLESSストーリー「The Weight of Expectations」、またはYouTube動画「GOING FURTHER - The Roller Coaster」をご覧ください。怪我や不安、そして忍耐が、彼の準備にどのような影響を与えたのかを知ることができます。
COROS(カロス)に関する最新情報はこちら🔻
■公式サイト
■Instagram
■X(旧Twitter)
■Facebook Group
■Line
#COROS #カロス

/filters:quality(90)/fit-in/970x750/coros-web-faq/upload/images/f2b11ffd8314aa540dc203b99a74cc5d.webp)