オリンピックチャンピオンは最高中の最高、その種目の達人として知られていますが、トライアスロンならばそれはアレックス・イーのことです。3年前の東京五輪で銀メダルを獲得し、今回のパリ五輪では個人種目で優勝を果たし、混合リレーでは最速ラップを叩き出してイギリスの銅メダルに貢献しました。
アレックスの頂点への道のりは、綿密な計画性とトレーニング、そして競争心の賜物です。この26歳のイギリス人は万全の準備をして大舞台に臨み、激しい競争を勝ち抜いて見事に栄冠を掴み取りました。
トレーニングデバイス:COROS PACE 3 & COROS 心拍センサー
レース着用デバイス:COROS DURA
分析ツール:COROS Training Hub
オリンピックへの準備
パリ五輪に向けたアレックスの最後の6週間は、完璧な調整段階となりました。彼はハードなワークアウトをこなしながらも、それまでに膨大なフィットネスの土台を構築していました。その後、五輪前の調整期に入って、大会前の数日間は練習量を減らしつつ強度を維持しています。トレーニング負荷とリカバリーの推移をきちんと管理してアレックスは適切な時期にピークを迎え、最高のコンディションでパリ五輪のレースに臨むことができました。
ラン区間の特異的ワークアウト
アレックスの各ワークアウトは、トライアスロンの競技特性を考慮して入念に計画されています。例えば、以下のランワークアウトは、パリ五輪のランコースで特徴的な180°の折り返し地点での減速と加速を想定して行われました。
ワークアウトは本番レースの努力感での2km×6本、リカバリー90秒。アレックスは最初の1本目を6分00秒(3:00/km)、2本目以降は2:59/km、2:58/km、2:58/km、2:56/kmでこなし、ラスト1本は2:53/kmでカバー。上記のグラフでは、各2kmの中間地点でペースが一瞬落ちていますが、ここが折り返し地点での減速と加速区間です。この折り返し地点を含んだ2kmのインターバルトレーニングで、トレーニングパートナーと協力してコーナー直後の加速局面を入念にシュミレーションしています。実際のレースでは折り返しをキッカケにペースがさらに上がることもあるからです。
「このトレーニングで重要だったのはUターンの練習と、素早く疾走速度に戻すことでした。パリではその感覚が必要だと思っていました」
バイク区間+αの特異的ワークアウト
アレックスは、ラン以外の種目のトレーニングも入念に行っています。以下のバイクワークアウトでは、パリ五輪でのバイク区間をシュミレーションしています。
このワークアウトの目的は、スイム終了後から前との差を詰めるためのペースアップです。バイク区間でハードに3分間ペースを上げて、前の集団に追いつくシミュレーションを行います。このワークアウトでアレックスは平均291ワットで走行していますが、中には600ワットを超えるペースアップも含まれています。
「このワークアウトでは、スイム後に位置を押し上げることを想定して行いました。先頭集団めがけて、追いつかなければならない状況を再現したかったんです。先頭集団に追いついた後も、パリのレースではペースの上げ下げがあることを想定したので、周回コースの全てのコーナーで加速をしました。このワークアウトの平均時速は46.69kmで、パリのレース時の平均時速の46.1kmに近いワークアウトとなりました」
そして、アレックスはこのライドワークアウトの終了直後に、3kmのランワークアウトを行いました。トライアスロンではトランジションが重要なので、バイクからランへの切り替えはアレックスのトレーニング計画で緻密に計算された部分です。3kmのうちの最初の2kmは閾値ペースで走り、ラスト1kmはペースを上げていきます。レースがランのラストまでもつれた場合に備えて、彼の強みを磨いていたのです。
「このランワークアウトでは、バイク後の最初の2km閾値走で良いリズムを作りました。そして、最後の1kmで加速していきながらフィニッシュまで一気に追い込むような感覚を再現したかったんです。これまでで最も具体的にレースを想定したワークアウトだったと思います」
プレッシャーがかかるパリ五輪のレース
パリ五輪に向けてのトレーニングでアレックスは、本番のレースでスイムを終えた時点で先頭を追う展開になることを想定していました。実際は先頭集団に取り付けるような位置でスイムを終え、バイク区間でペースを上げて先頭を目指しました。
「先団に取り付くスキルを磨きました。今回のレースは、私がトレーニングでやってきたことにとても似ていたので、安心して前を追うことができました」
上記のバイクワークアウトのデータにあるように、アレックスのパワーとスピードは夏初めの特異的ワークアウトの時とほとんど同じでした。パリのバイク区間は平均282ワット、平均時速46.26キロで、まさにアレックスがトレーニングで行ってきた通りのタイムでした。
アレックスはバイク区間の中盤で先頭集団に追いつきましたが、次第に後続の選手が追いつき始め、集団が大きくなりました。アレックスはそこでランに備えて、エネルギーを節約することにしました。
「後ろに追いつかれてからペースを緩めました。ランのためにエネルギーを温存しておきたかったんです」
ペースを緩めたとはいえ、アレックスはバイクの走行中に600ワット以上のパワーを41回記録しています。ここでもまた、彼のチームはパリのレースを想定してシュミレーションを練習段階で行っていました。パリのバイク区間のラスト13.5kmで、アレックスは平均197ワット、平均時速43.67kmを記録しましたが、終盤の温存によって彼はゾーン1でより多くの時間を回復に充てることができ、ランに備えました。
大集団中の16番手(先頭と2秒差)でバイク区間を終えたアレックスはラン区間に最後の望みを託します。ランが最も得意なアレックスは、ここでライバルたちに差をつける最大のポイントを迎えました。
「バイクを終えてからレースを支配して後続にプレッシャーをかけたかったのですが、トレーニングの時ほどは脚に余裕が無かったのかもしれません。ランの序盤で先頭に立ってからは、やや控えめなペース配分で走りました」
ランの1周目は安定したペースを保っていましたが、同じくランを得意とするヘイデン・ワイルドに追い抜かれて中盤では先攻を許してしまいました。しかし、レースが終盤に近づくにつれ、アレックスは再びトレーニングの良い感覚を取り戻してきました。
「ラストスパートに備えて、エネルギーを温存していました。トレーニングでもできていたので、今回も同じようにできる自信がありました」
フィニッシュまで残り400mでアレックスは、最後の直線に差し掛かる前にワイルドを逆転し、個人種目では初の五輪金メダルを獲得しました。
男子個人 | |||||
1500m スイム | トランジション | 40km バイク | トランジション | 10km ラン | 記録 |
20:37 | 0:50 | 51:57 | 0:22 | 29:47 | 1:43:33 |
1:22/100m | 46.26km/h | 2:59/km | |||
トライアスロン混合リレー | |||||
300m スイム | トランジション | 7km バイク | トランジション | 1.8km ラン | 個人記録 |
4:13 | 1:04 | 9:36 | 0:26 | 4:44 | 20:03 |
1:24/100m | 43.75km/h | 2:38/km |
個人種目での金メダル獲得から5日後、アレックスは混合リレーに出場しました。混合リレーは各国の代表選手が男女2名ずつの4人で構成するリレー種目で、個人種目よりも1人あたりの競技距離が短いスピードレースです。アレックスは1区の選手としてスイムとバイクを自身の優勝レースと同じようなペースでレースを進めました。
その後、得意のラン区間でアレックスは1.8kmを4分44秒(2:38/km)という驚異的なペースで走破して先頭に立ちました。その後、彼のチームメイトは、接戦の末にイギリスを銅メダルに導いたのです。
最高のトレーニング
アレックスは、パリ五輪までに行ったいくつかの主要なワークアウトを共有してくれました。各ワークアウトはトレーニングゾーンに基づいて設計されており、競技力に左右されることなく彼の主要ワークアウトが再現できます。そして、これらはCOROSのトレーニングカレンダーへダウンロードできます。
今回の記事で紹介したようにペースの上げ下げを意識したファルトレクの後に、閾値ゾーンで30分間走るという、トライアスロンの後半のシュミレーションを行います。
ランワークアウトと同様、疾走区間がゾーン4、5、6のハードなゾーンで様々な刺激時間のファルトレクを計21分間行います。その後、ゾーン4の閾値強度で走行します。
50m×10本からスタートしてレースペースから最大努力まで次第に強度を上げていきます。その後、少しリカバリーを取ったら100mの適度な強度でのスイムを行います。
トライアスロンの可能性の限界を引き上げるアレックスの五輪制覇は、ハードワーク、戦略的な計画性、そしてデータ活用の組み合わせが、素晴らしい成功に繋がるかをイメージさせてくれます。
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