フランス人のプロ登山家であるリヴ・サンソスが、フランス人女性としては1986年以来、史上2人目のK2への※無酸素登頂を達成しました!
今回の記事では、エベレストよりも登ることが難しい山といわれているK2で、彼女がどのようにしてこの無酸素登頂と、パラグライダーによる山頂からの下山という初の偉業を達成したかをご紹介します。
※無酸素登頂:酸素ボンベを使わずに高山の頂上に到達すること。特にエベレストやK2といった8000m峰の高山では、無酸素登頂による健康や生死のリスクが大きい。
人生の旅路
リヴ・サンソスは生涯現役のアスリートで、現在はフランスのシャモニーに住む登山家です。
山岳ガイドとして、登山・登攀、アイスクライミング、スキーなどを通じ地元の人々や観光客がアルプスの美しさを体験できるようサポートしています。
彼女はスポーツクライミングにおいて2度の世界チャンピオンに輝き、ワールドカップでは3度の優勝経験を持っています。
そして、アイスクライミング、リードクライミング、ボルダリングなど多くの種目をマスターしているプロのロッククライマーでもあります。
2017年から 2018年にかけては、リヴは登頂後にパラグライダーを使って移動するパラアルピニズムによって、アルプスの4000m峰82座すべてに登頂したことで有名になりました。
しかし、リヴは8000m峰には登ったことがなく、今回は彼女が長年夢見てきた最大の挑戦となりました。
標高8,611mのK2は、パキスタンのカラコルム山脈にあり、エベレストに次ぐ世界で2番目に高い山頂です。
2023年時点で、推定378回の登頂が行われ(378=宇宙に行った人の数よりも少ない)、これらの挑戦者のうち96人が死亡しています。
これらのことから、最も死者が多い難山の1つとされており、エベレストよりも登頂が難しく、世界で最も優秀かつ経験豊富な登山家だけが挑戦すべき山脈として知られています。
「もし、8000m峰に登るなら、それはK2だと自分に言い聞かせていました。K2は1番美しいし、とても険しい山だから」と、リヴは話します。
リヴとともに今回のK2登頂を達成した夫のゼブ・ロッシュにとって、K2は困難に直面する極限の挑戦であり、彼らにとって大きな意味を持っていました。
リヴによれば、8000m峰の山頂を目指すにあたって最も登頂が難しいのは、その道のりの険しさだといいます。
この8000m級の標高では天候が常に変化し、また遠く人里離れた場所にあり、登頂を試みる前にベースキャンプで2カ月間、
※モレーンに滞在しなければなりません。さらに、物資も限られています。
「ヘリコプターもレスキューもありません。すべてが少しずつ難しくなっていきます」と、彼女は説明します。
夫婦でのK2登山の挑戦は、パラグライダーで下山するという計画を2021年に立てた頃に始まりました。
それまでエベレストに2度登頂し、2度目の2001年に飛行機で下山したゼブにとって、K2でのパラグライダー下山は可能だと考えていました。
K2から夫婦で2人を繋いだ状態のパラグライダーでの下山は初めての試みでしたが、2人はこの挑戦に意欲を燃やしていました。
それまでにも、彼ら以外が何度か同じような試みを行っていましたが、いずれも失敗に終わっていたからです。
※モレーン:堆石、氷堆石のことで氷河が谷を削りながら時間をかけて流れる時、削り取られた岩石・岩屑や土砂などが土手のように堆積した地形
K2登頂のためのトレーニング:リヴはどのように 8000m峰の難山に備えたのか?
アルピニストのように持久力を鍛える
K2登頂に挑戦するまでの冬の間、リヴは1ヶ月に25日間、1日に最低4時間のスキーモ(スキー登山)を繰り返し行いました。
キリアン・ジョルネが1年のうち5カ月をスキーモと低強度のクロストレーニングに費やすように、リヴも回復力を高めつつ大量の有酸素能力を高める方法としてスキーモを活用しました。
そして、リヴにとっては毎日多くの標高差を記録することも重要でした。彼女はシャモニー周辺の山々で何時間も過ごし、身体がより高い標高に適応できるようにしていきました。
雪が解け始めてトレイルが利用できるようになった4月に、リヴはより厳しいトレーニングを取り入れました。
彼女は一般的な有酸素運動に加えて、スピードを高めるためにインターバルトレーニングを導入しました。しかし、これは一般的なロードやトラックでのインターバル走ではありませんでした。
登山家であるリヴは、シャモニーの急勾配のスキージャンプ台や、自宅近くのゲレンデでインターバルトレーニングを行いました。
また、彼女は23kgもの補給食を担いで急な登り坂を登るトレーニングも行い、1セッションあたり1000mの獲得標高を記録しています。
彼女は、この急な登り坂のトレーニングが最も難しい部分だと話しています。
高地順応の技術
2024年6月、リヴは夫と一緒にK2遠征を開始しました。合計で2カ月間の長旅でしたが、その大半の時間で、極めて高い高度に順応しつつ登頂の練習を行い、適切な気象条件の日を待つことに時間が費やされました。
実際のK2登頂には、1ヶ月の下準備、3週間の高地順応、そして7月26日から28日までの3日間で完璧な天候を見極めることがポイントとなりました。
以下は、今回のK2登頂の全行程と順応に費やした時間をまとめたタイムラインです。
タイムライン | 距離と標高 |
1-4週目 | 標高3000mにあるベースキャンプまでの100kmの移動 |
4-5週目 | 次のベースキャンプまで標高3000mから5000mまでの移動 |
5-8週目 | 3週間で高地順応を済ませて本格的な登頂練習を行う |
K2登頂1日目 7月26日(金) | 標高5000mから6600mまでを登る |
K2登頂2日目 7月27日(土) | 標高6600mから7400mまでを登る |
K2登頂3日目 7月28日(日) | 標高8611mの山頂に登頂 |
「高地順応の原則は、500mずつ登ることなんです」と、リヴは説明します。「初日に1500mも登ると、回復するのに10日もかかります。
それに、登頂の比率が直線的ではなく、標高が高くなればなるほど酸素不足が激しくなっていくことを考慮しないといけません」 標高5000mに滞在し、高地順応を行なっていた3週間で、
リヴと彼女のチームは何度も小刻みに登って降り、登って降りを繰り返しました。
これは、酸素不足に慣れるために500m登って、より高い標高で眠り、そして下りてきて、また同じことを繰り返すというものでした。
「今年は天候が本当に悪かったので、私たちが睡眠をとることができた最も高い地点は標高6600mでした。標高7000mで1泊しようと思いましたが、風が強くて雪崩の可能性もあったので、不可能でした」
安全第一:危険な山頂に向けての生命維持とモニタリング
超高山の登頂では、登山者が備えなければならない安全上の懸念は数え切れないほどあります。例えば、十分な食料を用意することや、悪天候や極寒に対する準備、登山者に求めらる基本的なサバイバル技術などです。
しかし、最も重要な安全要素の1つは、深刻な酸素不足に対する準備です。
酸素ボンベを使用しない「無酸素登頂」での8000m峰の登山では、低酸素症の危険性が高まります。低酸素症になると、混乱や呼吸困難、心拍数の急上昇が起こり、最悪の場合には死亡の可能性があります。
「だんだんと100m進むごとに難しくなっていきます」とリヴは説明します。
「COROSウォッチを確認して、おもに高度と時間を計測していました。例えば、午後5時になってもまだ山頂に到着しなければ、前のキャンプまで下山しないといけません」
リヴはCOROS VERTIX 2を購入して、そのバッテリーの持続性を評価していました(現在はCOROS VERTIX 2Sが販売中)。
彼女はできるだけ荷物を軽くする必要がある、今回の挑戦でこのようなウォッチが役立つことを理解しており、充電器や他のデバイスはベースキャンプに置いたままでした。
今回の2ヶ月の遠征中、COROSのサポートを受けていないリヴでしたが、ベースキャンプで1度だけ充電し、実際のK2登頂時には充電器を持参する必要がありませんでした。
上り坂の間、彼女は時間と標高の増加分を記録するウォッチを頼りにしていました。
「K2の最後の150mを登るのに3時間かかりました。無酸素登頂において酸素不足がどれほど身体にとって過酷かということです。私は山岳ガイドとして週に6日、特別なトレーニングを積んできましたが、それでも最後の150mを登るのにすごく時間がかかりました」と、リヴは話しています。
「ウォッチの心拍数を見ながら、どの程度のスピードで進んでいるのかを計算していました。
酸素不足の状態では、頭がクラクラになっていたので常にウォッチを確認していましたが、時間の感覚がおかしくなっていました。5
分間の休憩をしたつもりでも、ウォッチを見ると40分も経っていました。それに気づいたとき、とても怖かったです」
リヴは、このような8000m峰への無酸素登頂において、時間の感覚を失っていくことの危険性を説明しまします。
「『5分間だけ休もう』と言って、そのまま起き上がれなくなる人をたくさん知っています。とても疲れていると身体が眠りを欲しています。
時間の感覚を忘れていないか、どれだけ休んでいるのかを正確に把握するために、私は常にウォッチを確認する必要がありました」
この間、リヴとゼブは、心拍数、標高、時刻、気候の変化といった基本的な指標をCOROSウォッチで把握しながら、常にコミュニケーションを取り合い、互いの気力を保ち、身体を動かし続けるための声かけを行いました。
山から飛び降りて新たな歴史を作る
2024年7月28日、リヴと夫のゼブは、パラグライダーでK2から飛び降りることによって、人類で初めてK2登頂からのパラグライダー下山を達成しました。
この方法による下山は、一見危険に思えるかもしれませんが、リヴは「実は最も安全な選択肢だった」と説明します。
パラグライダーによる下山にかかった時間はわずか35分でしたが、徒歩による下山には2日かかります。
徒歩の状況では雪崩や岸壁、クレバス(氷河などで形成された深い割れ目)、セラック(氷塔)などの危険があるからです。
「パラグライダーの飛び方を知っていて、その日の気象条件が良ければ、そちらのほうが安全でかつ疲れません。
雲がなかったんです。全てを見渡すことができて、景色を楽しむことができました!」
パラグライダーでK2から降下するには、物理学を学ぶ必要があります。標高8000mでは空気がかなり薄くなるので、このような条件で前進したり制御するには、多くの風を必要とします。
リヴは故郷のモンブラン(標高4,805m)で何度もパラグライダー降下を経験していましたが、標高が高くなればなるほど空気の密度が低くなり、パラグライダーの制御が難しくなります。
さらに、夫婦でのタンデムフライト(2人まとまった状態でのパラグライダー操作)は表面積が多くなるため、より高度な技術が要求され、すべての動作や行動は本能的なものでなければなりません。
「この状況下では考えるヒマはありません」とリヴは言います。
「K2の山頂に到着した時は、本当に穏やかでしたし、これは走らなければいけないな、ということを悟りました。
疲労もありましたし大変だろうと心配していましたが、雪が硬くて深いパウダー状ではなかったがラッキーでした。そうでなければ、パラグライダーでの離陸の際に走って飛び立つことは不可能だったでしょう」
と、リヴは離陸の状況を説明しています。「パラグライダーの翼が私たちの体重を支えてくれるのを感じるまでには、走って10歩目ぐらいまでかかりました」
リヴとゼブが使用したパラグライダーは、彼らの体重に合わせて特別に設計されたプロトタイプでした。
できるだけ重量を軽くするため、彼らはテントや寝袋、マットレス、ストーブ、最終日には不要になった余分な食料など、様々な道具を最後に寝泊まりしたキャンプから山頂まで運んでくれる人を雇っていました。
記録に残ったリヴのK2登頂
リヴにとって最も印象的な瞬間は何かと聞かれたら、ただ単純に「達成しいた」と実感できたことです。
着地した瞬間に、「やった!私たちはK2の無酸素登頂を達成し、そこから飛び降りることに成功した!」
リヴはK2への無酸素登頂を達成した2人目のフランス人女性となりました。しかし、彼女の推定では、K2への無酸素登頂を達成した女性は約8~10人はいるといいます(1986年から女性による挑戦が始まりましたが、それ以前も含めて全てが記録されているわけでない)。
今回の登頂の「最も印象的な瞬間」という質問に対して、リヴはあまりはっきりとはわからないと答えました。
彼女は再び、8000m峰を登頂して、パラグライダーで飛び降りたいと考えていますが、K2ではおそらく何度も挑戦できるほど簡単ではないと考えており、K2でそれを達成できたことを彼女は誇りに思っています。
COROSは、難山で人類の可能性を押し広げたリヴとセブに、心から祝福を送りたいと思います。
リヴのこれまでの冒険と、その続きについては、彼女のインスタグラム @livsansoz で見ることができます。